今日は、建物を借りた際に支払う敷金の返還のことについて、解説します。
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敷金返還のルール~借主が一般の個人の場合~
私自身、大学生の時は一人暮らしでしたし、社会人になってからも転勤族でしたので、部屋を賃借する際に敷金を支払うという経験は、何度かしています。
退去する際には、敷金の中から色々差し引かれて、全額返ってきたことはなかったように思います。しかし、今振り返ると、それが適法な対応だったのかどうか、疑問を抱かずにはいられません。
今日のコラムでは、返還されるべき敷金のルールについて解説します。
敷金とは
まず、敷金というものは、借主が退去する際に、滞納している賃料などの弁済に充てることができる性質のものです。
次に、借主が退去する際には、建物を原状に回復する義務を負います。簡単に言うと、元に戻して退去する、ということです。
ただし、この「元に戻す」範囲が問題となります。
借主の原状回復義務の範囲
契約書に特段の定めがなければ、通常損耗の範囲については借主に原状回復義務はなく、貸主の負担となります。
例えば、部屋のクロスが日光により日焼けしたというような、日常の普通の使用による劣化等は、借主に責任がないと考えることになりますから、そのまま退去してOKということになります。
一方で、借主の不注意や故意での損傷など、通常の使用を超えるようなものは、借主が復旧して退去することとなります。
このような考え方は、判例や国土交通省のガイドラインで明確になっています。
では、よくある退去時の、クロスの張替え費用やハウスクリーニング費用を敷金から差し引くという精算行為は適法なのでしょうか?
もし、あなたがタバコを吸ったり、不注意で汚したりしておらず、通常の使用しかしていないのであれば、元に戻す義務はないように思えます。
原則としてはそのとおりなのですが、契約書に通常の使用による損耗等を借主の費用で復旧するという特約があれば、それが優先するようにも思えます。
過去の裁判例では、そのような特約は消費者契約法第10条に違反し、消費者の利益を一方的に害するため無効とされるものが出ていました。
通常使用による損耗等を借主の負担とする特約
判例による特約を有効とする要件
しかし、その後の平成23年の判例によれば、例外として、賃貸借契約書に次のような条件を満たす、通常の使用による損耗等を借主の負担とする特約が存在する場合は、借主に元に戻す費用を負担する義務が生じ、その費用を敷金から差し引くことが可能となります。
・通常損耗を借主が負担すること及びその範囲が契約書又は口頭の説明により明確に合意
・敷引金の額が契約書に明示され賃借人が敷引特約を明確に認識
・通常損耗等の補修費を敷引金として授受する合意が成立
・敷引金が高額ではない
さらに、平成17年の判例などによると、以下の要件が必要であると考えられています。
・特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなど客観的、合理的理由がある
・賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識をしている
・賃借人が当該特約による義務負担の意思表示をしている
要件適用のハードルと注意点
ただし、以上の要件は、ハードルとしては高いものであると思われます。もし、この要件を満たした特約がないにもかかわらず、通常の使用で生じるような損傷等の補修費用を敷金から差し引かれた場合は、違法であるものと考えられ、敷金の返還を法的に請求することができるものと考えられます。
例えば、特約が単に「借主は契約の終了により目的物件を返還する場合は、破損、汚損につき自己の費用で原状回復する」といったような文言であれば、上記要件を満たしませんから、通常の使用による損耗は借主負担とはならず、敷金から差し引くことはできないでしょう。
事業のための賃貸借の敷金返還請求と特約
次に、借主が会社や個人事業主や会社の場合、どうなるのか。解説してみたいと思います。
前回のコラムで書きましたが、借主が個人(一般消費者)である場合は、通常の使用による損耗の復旧を借主負担とし、その費用を敷引きする特約は、一定の要件を満たしていない限りは、消費者契約法第10条の規定により無効となります。
一方で、借主が会社や個人事業主などの事業者である場合には、上記のような消費者契約法の規定による保護はありません。ということは、通常の使用による損耗を借主負担とする特約は、全て有効ということになってしまうのでしょうか?
平成17年12月16日の最高裁判例
これについては、平成17年12月16日の最高裁判例が、特約の有効性に関する基準を示しています。要約すると、
・賃借人が補修費用を負担する通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に明記されている
又は、賃貸人の口頭説明により賃借人が明確に認識し、それを合意の内容としたと認められる
となります。
もちろん、通常損耗を借主の負担とする特約の必要性があり、暴利的でないなど合理的な理由があることは、必要でしょう。
つまり、事業者が借主である場合の、通常の使用による損耗を借主負担とする特約は、上記の基準を満たさなければ有効とはならない、ということになります。
なお、この基準は、借主が一般消費者であっても、事業者であっても適用されているようです。
平成18年5月23日大阪高裁判決
現に、平成18年5月23日大阪高裁判決では、借主が事業用建物を賃借した例で、賃貸借契約の原状回復条項が上記の基準を満たしていないとして、通常の使用による損耗の補修費用を借主が負担するとの合意があるとは認めることはできないと判断されています。
この裁判例の中では、営業用物件であるからといって、通常損耗に係る投下資本の原価の回収を、賃料に含ませることは不可能ではないと理由づけられています。
これは、原則的なルールとして、通常の使用による損耗は貸主が負担するという考えの表れだと思います。
敷金が返還されないことに疑問がある場合、敷金の返還請求を行いたい場合は、事業用と個人用とを問わず、豊中司法書士ふじた事務所にお気軽にお問合せ下さい。