今回は、押印がない等により無効な遺言書を死因贈与契約に転換できるかどうか、そして、その登記手続上の問題点について、解説していきます。
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想定事例(無効な遺言書の死因贈与への転換)
被相続人Xには、死亡時の妻Aとその間の子B以外に、前妻Cとの間に子Dがいる。自筆証書遺言があり、全財産を妻Aに相続させると記載があるが、押印がされておらず、適法性を欠き無効となっている。
A,BとDは、面識がなく遺産分割協議が難航することが予想される。また、Dが相続分に基づく権利を主張することは明らかであるため、なんとかできないか。
なお、遺産にはマンションもあり、その名義変更の可否も問題となっている。
司法書士の回答
押印のない自筆証書遺言について、死因贈与に転換される可能性はあります。ただし、遺言作成時の経緯、事情や状況、相続人(受贈者)や親族の認識などから、個別に判断されるものです。
遺言が死因贈与契約の申込みであると転換が認められても、それに対する承諾があったものと認められない場合は、死因贈与への転換が難しい可能性があります。
仮に、死因贈与への転換が認められるべき無効な遺言書があったとしても、それを登記原因証明情報として、登記原因を「死因贈与」として、所有権移転登記はできないものと考えらえれます。
なぜなら、登記官には形式的審査権しかなく、無効な遺言が死因贈与契約として有効かどうかは、司法判断となり裁判所の専権であるためです。
無効な遺言が死因贈与に転換していることの確認訴訟及び所有権移転手続請求訴訟を提起し、判決を取得した上で、登記をする必要があると考えます。
無効な遺言の死因贈与への転換
押印がない、日付がないなど形式的な要件を満たさず無効となった遺言がある事例において、それが死因贈与として転換され有効となった裁判例はいくつも確認されています。
また、最判昭和32年5月21日では、無効な遺言の死因贈与の転換が認められていることを前提としています。
遺言書として無効であっても、すぐに諦めずに、専門の司法書士や弁護士に確認することが重要となります。
契約の申込みと承諾
契約というのは、契約の申込みとその承諾という意思表示が合致して、成立するものです。
想定事例において、無効な遺言が、死因贈与契約の申込みであると転換されたとしても、その承諾も一方では必要となります。
民法では、契約の申込みの意思表示は、その申込者が死亡したことを承諾の前に知っていたときは、効力を生じないと定められています。
つまり、想定事例においては、妻Aにおいて遺言の内容を知っていて承諾しているなど、死因贈与契約の承諾に相当する何らかの事情が必要になると考えられます。
確認訴訟と判決による登記
想定事例においては、所有権確認訴訟を提起して、無効な遺言が死因贈与として有効であることを主張していくことになりますが、遺産に不動産がある場合は、それだけでは不十分となります。
なぜなら、死因贈与が認められたとしても、以下に述べるとおり、不動産の名義変更(所有権移転登記)には、相続人全員の委任状や印鑑証明書が必要となることが原則だからです。
もし、相続人が協力してくれない場合は、登記名義の移転ができず、勝訴判決を取った意味がなくなります。
そのような事態を避けるために、所有権移転登記手続請求訴訟を併せて提起しておく必要があります。
そうしておけば、登記義務者、即ち相続人全員の委任状や印鑑証明書は権利証は、登記手続上不要となるメリットがあるからです。
死因贈与契約の登記義務者
原則としては、死因贈与者(遺言者)の相続人全員が、登記義務者となり、その委任状が登記手続きに必要となります。
次に、以下の述べる死因贈与の執行者が選任されている場合は、その執行者が登記義務者となりますので、その者の委任状が登記手続きに必要となります。
死因贈与執行者の選任
死因贈与についても、遺贈の規定が準用され、執行者を選任することができます。
通常は、死因贈与契約書において、執行者を指定します。契約書に指定が無い場合は、裁判所に申し立てることによって、執行者が選任されます。
死因贈与による所有権移転登記の印鑑証明書
死因贈与執行者がいないときは、相続人全員が登記義務者となり、その全員の印鑑証明書が必要となります。
次に、死因贈与執行者が選任されており、死因贈与契約書が公正証書で作成されているときは、執行者のみの印鑑証明書の添付で足ります。
しかし、死因贈与契約書が私文書の場合は、執行者の印鑑証明書のほかに、当該私文書に押印された贈与者の実印の印鑑証明書を添付するか、又は贈与者の相続人全員の印鑑証明書付承諾書が必要となるとされています。(登記研究566・131及び132)
想定事例のケースでは
執行者が選任されれば、無効な遺言が転換された死因贈与による所有権移転登記の義務者は、当該執行者となります。しかし、死因贈与者が私文書である当該契約書(=無効な遺言)に実印を押印していないため、相続人全員の承諾書(印鑑証明書付)が必要となります。
従って、想定事例のようなケースでは、死因贈与執行者を選任したところで、相続人全員の承諾(委任)と印鑑証明が必要であるという手間は変わらないこととなります。
今回は、押印がない等により無効な遺言書を死因贈与契約に転換できるかどうか、そして、その登記手続上の問題点について、解説しました。
遺言書の作成や死因贈与契約書の作成、登記申請については、豊中司法書士ふじた事務所にご相談ください。